京都の老舗蔵元が挑んだ、未来への一歩
「そのやり方、本当に今も必要ですか?」
仕事でも、人生でも、そんなふうにふと立ち止まる瞬間はありませんか。
誰かから受け継いだやり方、習慣、価値観。
それを守ることが「正しい」と信じてきたけれど、本当はどこかで違和感を抱えていたりして。
そんな問いに、350年以上の歴史を誇る京都の老舗酒蔵「玉乃光酒造」が、とてもユニークな形で答えようとしています。
テーマは、なんと「裏切り」。
今回は、その「裏切り」をコンセプトに京都のクリエイターたちと共創したアートプロジェクト「350×シリーズ」の第3弾をご紹介します。
伝統を裏切ることは、伝統を壊すことではなく、伝統を生かすこと。
この記事では、そんな逆説的で美しい挑戦の物語を、丁寧にひも解いていきます。
「350×シリーズ」って、何?
「350×(さんごーまる かける)シリーズ」とは、創業1673年、350年以上の歴史を持つ酒蔵・玉乃光酒造が、ゲーム・アート・カルチャーを横断するクリエイティブ集団Skeleton Crew Studioと手を取り合い「白いキャンバスとしての日本酒ボトル」をテーマに展開するアート共創プロジェクトです。
これまで「愛」「仲間」といったテーマを掲げてきたこのシリーズ。
そして第3弾となる今回のテーマが「裏切り」。
この言葉に「なぜ老舗がそんな挑発的なテーマを?」と思った方も多いはず。
でも、その真意はとても奥深いものでした。
ここでの「裏切り」とは、ネガティブな意味ではなく、既存の価値観を軽やかに飛び越え、期待を良い意味で「裏切る」新しい表現を提示することを指しています。
「裏切り」とは、未来への愛ある反抗。
玉乃光酒造の代表取締役社長・羽場洋介さんは、伝統と革新の狭間で、既存の価値観を更新し続けることの大切さを語っています。
まるで、古い樹の皮を脱ぎ捨て、新しい芽を出すように。
「裏切り」は、古びた形骸を脱ぎ捨て、伝統を次の世代へと受け継ぐための通過儀礼なのです。
たとえば、ずっと守ってきたレシピを変えること。
格式を重んじていた表現に、現代的なエッジを加えること。
それらは一見、伝統への背信のようにも映りますが、実はその本質を深く理解しているからこそできる、愛ある反逆なのかもしれません。
華道家元も「裏切る」覚悟
今回のプロジェクトには、華道家元池坊次期家元・池坊専好の長男である池坊専宗(いけのぼう せんしゅう)氏が参加しています。
彼のテーマは「いけばなという”型”を、どう破るか」。
今回のラベルデザインについて、彼は次のように語っています。
「水を表現しています。水面に雨が降って色んな景色がゆがんだり、あるいははっきりと映り込んだり、波紋が生まれたり。ひとつの光景でも多面的であり、ひとつの現実でも色んな見方が出来ることを、この平面に落とし込んでいます」
それはまるで、何百年も続く水面に、最初の小石を投げ入れるような行為。
静けさの中に確かな波紋が広がり、見る人の感覚を揺さぶります。
花を生ける行為は、一見とても静かで優雅に見えます。
けれど、その裏には、自然と人間の緊張感のある対話があります。
光を感じ、草木の命をまなざすことを軸に、日常の中に潜む美しさを発信し続けている池坊氏の表現は、従来の”型”に縛られない多面的な美を提示しています。
他の参加アーティストたちも、それぞれの「裏切り」を表現
このプロジェクトには、他にも多彩な表現者たちが参加しています。
SHOWKO氏(陶芸家・文筆家)は、京都で340年続く茶陶の窯元「真葛焼」に生まれ「読む器」を掲げる陶磁器ブランドSIONEなど独自の世界観を展開。
emma(絵馬)氏(アーティスト)は「感情×色彩」をテーマに、ネオポップな色使いと懐かしさの漂うタッチで人の感情の多面性を表現しています。
さらに、Aiwei Foo氏(アーティスト)は、ボルネオ出身でクアラルンプールを拠点に、視覚芸術から茶道、食まで幅広い表現を実験的に探求。
An Chen氏(イラストレーター)は、台湾出身でロンドンを拠点に、幾何学的でありながら自然のモチーフを生かした独自のスタイルを確立。
EdH Müller氏(イラストレーター)は、ブラジルを拠点に、ビデオゲームやコミックの分野で国際的に活躍しています。
それぞれが、自らの”信じていた表現の枠”をあえて裏切り、新たな価値を創造しているのが、この展示の最大の魅力です。
イベントと展示。伝統と革新が交わる場所
11月28日から30日には、京都駅ビル2階・西口広場で開催された「京都伏見『玉乃光』蔵元直送 新酒FESTIVAL」にて、シリーズ第3弾のお披露目イベントが行われ、先行販売も実施されました。
さらに、12月5日から7日には、大阪で開催される「UNKNOWN ASIA 2025」に玉乃光酒造が出展。
会場には、シリーズ第1弾から第3弾で生まれた全18本のアートボトルが一堂に集結し、これまでの歩みを振り返りながら「日本酒とアートの新しい関わり方」をご覧いただける空間となります。
私たちの日常にもある「裏切るべき伝統」
読みながら、ふと思いませんか?
「自分にも、裏切るべき”古い常識”があるかもしれない」と。
ずっと我慢してきた働き方。
誰かに期待されていた生き方。
「こうあるべき」に縛られた毎日。
伝統とは、社会の中だけではなく、私たち一人ひとりの心の中にも息づいているものです。
だからこそ、このプロジェクトは、単なるアート展示ではありません。
見る人自身の”思い込み”を優しく揺さぶり「本当の自分に戻るためのヒント」を与えてくれる体験なのです。
まとめ:裏切ることで、守れるものがある
「伝統を守る」という言葉は、ときに人を縛ります。
けれど、本当に守るべきものは、形ではなく”精神”なのではないでしょうか。
玉乃光が今回のプロジェクトで私たちに伝えたかったのは「変わる勇気」こそが、伝統の本質を守る方法なのだということ。
守るだけでは、伝統はやがて風化します。
でも、愛を持って裏切ることで、伝統は未来へと呼吸を続けるのです。
あなたも、今日どこかで、小さな「裏切り」をしてみませんか?
それはきっと”あなた自身”という伝統を、次の時代へとつなぐ第一歩になるかもしれません。
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