高槻・富田で感じる、新酒づくりの風景
「最近、季節の変化を感じる瞬間って、ありますか?」
忙しい日々の中で、ふと顔を上げると木々の色が変わっていた。
コートの襟を立てるようになって「ああ、冬が近いんだな」と気づく。
そんなふうに季節を感じる方法はいろいろありますが、香りで冬の訪れを知る。
そんな体験ができる場所があるんです。
大阪・高槻市の富田(とんだ)地区。
このまちに流れるのは、どこか懐かしい、甘くてふくよかな香り。
それはまるで、米がやさしく語りかけてくるような、命が動き出す匂い。
そう、ここではいま、新酒の仕込みが始まっています。
かつて「池田・伊丹」に並んだ酒の名所
高槻・富田の知られざる歴史
実は富田地区、かつては池田、伊丹とならぶ「北摂三銘酒」として名を馳せていた地域。
17世紀中頃には20軒を超える酒蔵が立ち並び、銘酒「富田酒」は江戸にまでその名が知られていました。
まちの中心には、今も白壁の酒蔵が姿を残し、冬になると蒸し米の湯気と甘い香りが立ちのぼります。
それはまるで、土地そのものが深呼吸しているかのよう。
暮らしと酒が、長い時間をかけて寄り添ってきた証でもあります。
2つの老舗酒蔵が、新しい冬を醸しはじめる
この冬、本格的に新酒造りをスタートさせたのは、富田に根を張る2つの酒蔵です。
ひとつは壽酒造株式会社(ことぶきしゅぞう)。
代表銘柄「國乃長(くにのちょう)」は、名前の通り”国に長く愛される酒”を目指して作られてきました。
もうひとつは清鶴酒造株式会社(きよつるしゅぞう)。
安政3年(1856年)創醸という歴史を持ち、地域に根ざした味わいを守り続けています。
主力銘柄の「清鶴」は、すっきりとした飲み口が特徴で、地元では食卓に欠かせない存在です。
この2つの酒蔵で、今まさに仕込みがピークを迎えています。
発酵タンクの中では、米と水と麹が、まるで目に見えないオーケストラのように共鳴しながら、ゆっくりと”酒”へと姿を変えていくのです。
蔵人の一人がこんなことを言っていました。
「発酵って、生き物みたいなんです。毎日表情が変わるし、同じ酒は二度とできない。だから、目も鼻も耳も使って、毎朝、酒の声を聞いています」
そんな”対話”を積み重ねて、一本の酒が生まれていく。
それはまるで、職人と自然の間に交わされる静かな約束のようです。
「飲む」だけじゃない、新酒体験の魅力
富田では、新酒の季節にあわせて酒蔵見学やしぼりたて新酒の試飲イベントも開催されています。
仕込み真っ最中の酒蔵に足を踏み入れると、ほんのりと温かい空気に包まれ、ふわっと麹の香りが鼻をくすぐります。
そこで味わう一杯は、まさに”できたての命”。
まだ酵母が元気に活動していて、少しピチピチとした口当たり。
冷えた体にすっと染み込むその味は、たとえるなら「湯気の立つ、冬の記憶を飲んでいるような感覚」。
飲み物を超えて”物語”を口にするようなひとときです。
「ただの観光地」ではない
酒のまちは、人のまち
富田の酒造りを支えているのは、当然ながら”人”です。
毎朝4時に起きて仕込みに向かう蔵人。蒸し米の温度を手で確かめ、発酵の香りを鼻で感じ、ほんの少しの変化も見逃さない。
その姿に触れると「ものづくり」とは、心を込めて誰かの暮らしを想うことなんだと気づかされます。
富田の新酒は、ただのアルコールではありません。
その一滴一滴に、このまちで生きる人たちの時間と誇りが込められているのです。
この冬、”香るまち”を歩いてみませんか?
日々の喧騒から少し離れて、五感で季節を味わう旅へ。
ひんやりした空気の中に漂う甘い発酵の香りは、どこか心の奥まで届いて、やさしくほどけていくようです。
あなたがこの冬感じたいのは、雪景色ですか?
それとも、湯気の中から立ち上がる「人の営み」でしょうか。
どちらにしても、富田の酒蔵は、それを迎えてくれる場所です。
ぜひ一度、その香りに包まれてみてください。
あなたの”冬の記憶”が、ひとつあたたかく刻まれるはずです。
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