ふとした瞬間に、懐かしい香りが心を揺らすことがあります。
桜の花が風に舞った午後、誰かの笑顔が浮かんだとき──。
日本酒にも、そんな”記憶を呼び起こす香り”があることをご存知でしょうか?
2025 年、フランス・パリで開催された日本酒コンクール「Kura Master 2025」において、愛媛県松山市道後地区の酒蔵「水口酒造株式会社」が醸す『仁喜多津(にきたつ)純米吟醸酒 さくらひめ酵母』が、純米酒(51-65%)部門で最高評価のひとつである「プラチナ賞」を受賞しました。
この受賞は単なる”酒の品質”を超え、一本の酒に込められた「土地の記憶」「花の命」「人の技」が世界に認められた瞬間でもあります。
花から生まれた酵母──”さくらひめ”とは?
「さくらひめ」
その名前を口にするだけで、春の光が差し込んできそうです。
この花は、愛媛で生まれたデルフィニウムの新品種で、優雅な花びらと美しさが特徴。
まるで一足早い春を届けてくれる花です。
『仁喜多津 純米吟醸酒』に使われているのは、このさくらひめの花から抽出された酵母。
水口酒造では「さくらひめ酵母 Type1」を使用しており、酵母は日本酒にとって”魂”ともいえる存在で、香りや味わいの輪郭を決める重要な要素です。
この特別な酵母がもたらすのは、さくらひめの花を想起させる華やかな香りと、果実のようなジューシーさを感じるバランスの良い味わい。
愛媛県産「しずく媛」を 100% 使用し、精米歩合 60% で丁寧に醸された、まさに「愛媛テロワールを一滴に閉じ込めたような酒」なのです。
世界が認めた、愛媛の一杯──「Kura Master 2025」での快挙
「Kura Master」とは、フランス国家最高職人の資格を持つ MOF 保有者や星付きレストランのトップソムリエ、バーマンなど飲食業界のスペシャリストが審査員を務める、ヨーロッパ最大級の日本酒コンクール。
特にフランスの歴史的食文化である「食と飲み物の相性(マリアージュ)」に重点を置いた評価が特徴です。
審査はブラインドテイスティング方式──つまりラベルや名前にとらわれず、純粋に「香り」「味わい」「余韻」で勝負が決まります。
その中で「仁喜多津」が輝いた理由は“香りの美しさ”と”食との相性の良さ”にあります。
フランス語で花は”Fleur(フルール)”。
この酒は、まさに「日本の Fleur」として、世界のテーブルに咲いたのです。
「地元で咲いた花が、世界を魅了する」──水口酒造の挑戦
『仁喜多津』を醸すのは、愛媛県松山市道後地区に蔵を構える老舗酒蔵「水口酒造株式会社」。
1895 年(明治28年)の創業以来、日本最古の温泉と言われる道後温泉と共に歩み続けている、松山・道後地区唯一の造り酒屋です。
この「さくらひめ酵母」を使った酒造りは、単なる技術革新ではなく「地元の魅力を酒という形で発信する」という想いから生まれました。
愛媛の風土、花の命、職人の手仕事──それらが丁寧に織り重なって生まれた一杯は、飲む人の心にまで届くやさしさをまとっています。
花を飲むという体験。
忙しい毎日に、ふと立ち止まって味わう一杯。
『仁喜多津 純米吟醸酒 さくらひめ酵母』を口にした瞬間、鼻腔をすり抜けるやさしい香りが、まるで春の風のように心をほどいてくれます。
クリームシチューやうなぎの蒲焼き、ステーキなどの料理にも合う食との相性の良さも魅力のひとつ。
それは、ただ酔うための酒ではありません。
花を飲むという体験──それが、このお酒がもたらす唯一無二の価値です。
最後に。
花は咲くとき、ただ静かにその美しさを放ちます。
そしてこの酒もまた、飲む人の心にそっと春を咲かせるのです。
「仁喜多津」は、酒ではなく”記憶に咲く花”なのかもしれません。
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