AMAZON でお買物

サッカー場から始まる未来づくり ー「農学×サッカー」で描く、地域資源の循環ストーリー

スポンサーリンク

「この芝生、ただの『草』じゃないんです」

東京大学大学院生の津旨まいさんと金子竣亮さんが、長野Uスタジアムの美しい緑の芝生を見つめながら交わしたこんな一言。
この言葉こそが、3年間にわたる壮大な挑戦の原点でした。

二人が見つめたのは、AC長野パルセイロの選手たちが駆け回り、毎週のように歓声が響くサッカー場。
そのピッチに育つ緑の芝生が、実は「地域の未来」を支える貴重な資源になりうる—そんな革新的なアイデアから始まったのが「農学×サッカー」という前例のない挑戦です。

今回は、2022 年から 2024 年にかけて東京大学 One Earth Guardians 育成プログラムの一環として進められたこの取り組みの歩みと、そこに込められた 100 年後の地球を見据えた思いを、データとともにお届けします。

サッカーが、人と資源をつなぐ—はじまりは「好き」から

このプロジェクトのスタートは、農学を学ぶ大学院生たちの何気ない会話からでした。

「サッカーが好きなんです」

津旨さんと金子さんが共有したその想い。
地域や環境への関心、そして学びを活かしたいという情熱が交わり「サッカーを軸に地域の課題を解決できないか?」という視点が生まれました。

二人が着目したのは、長野Uスタジアムで定期的に刈り取られては年間18万円の処理費用をかけて廃棄されていた芝生、いわゆる「刈芝(かりしば)」。
春には週5日の芝刈りで週あたり 800〜1000kg、年間約30トンもの刈芝が出るこの「廃棄物」を、農業の現場で資源として活かすことができないかと考えたのです。

実はこの芝生、ただの芝ではありません。
長野Uスタジアムではケンタッキーブルーグラスという、全国でも珍しい冬芝を使用。
これは家畜の飼料としても使われる種類で、しかも夏季以外は農薬を使わずに育てられているという、まさに「隠れた宝物」だったのです。

芝生がエサに? 動物とサッカーの意外な接点

活動の舞台となったのは、長野市の「長野Uスタジアム」と「茶臼山動物園」。
一般社団法人長野市開発公社の協力のもと、大胆な実験が始まりました。

2024 年3月29日から4月9日まで、累計 20kg の生の刈芝を茶臼山動物園の羊2頭・山羊5頭・アルパカ3頭に実際に与えてみると—驚くほどの食いつき!
特に羊と山羊は、まるでグルメな動物が「これは美味しい!」と言っているような反応を見せました。

しかし、ここで新たな課題が浮上。
刈芝は季節によって収穫量にばらつきがあり、継続的な供給には保存技術が必要です。
そこで注目したのが「サイレージ」という発酵保存技術。
まるで芝生の「漬物」のような、革新的な飼料づくりに挑戦しました。

科学的検証で安全性を確保

ただ「食べた」だけでは終わりません。
研究者らしく、徹底的な安全性の検証を実施。

硝酸態窒素濃度の測定では、植物体内濃度が約 0.07% となり、安全基準の 0.2% を大きく下回ることを確認。
また、エンドファイト活性(動物に中毒症状を起こす可能性のある微生物)についても、ケンタッキーブルーグラスには活性がないことを科学的に実証しました。

さらに、刈芝を原料としたサイレージの粗タンパク質量は 21.3% となり、一般的な粗飼料とほぼ同等の栄養価を持つことも判明。
供給量についても、長野Uスタジアムの刈芝だけでヒツジ約10頭分の飼料を賄える計算が成り立ちました。

循環の輪を広げる――「刈芝」から始まる地域のサイクル

2024 年には、さらに新しい仲間として広瀬知弘さんと山﨑美怜さんが加わり、プロジェクトは「循環型社会」という次のステージへ。

ここで描かれたのは、まるで自然のリズムをそのまま地域に取り入れたような美しいサイクルです:

  1. サッカー場の刈芝を動物のエサに(年間約30トンの有効活用)
  2. 動物のふん尿を堆肥に(年間 160 トンの糞尿を資源化)
  3. 堆肥を使って農作物を育て(化学肥料使用量の削減)
  4. その作物を「長野パルシェ」ECサイトで販売(地域ブランドの創出)

この循環により、茶臼山動物園だけでも年間 480 万円の廃棄物処理費用を削減でき、CO₂ 換算で約18トンの温室効果ガス削減が期待できることが試算されました。

消費者も認める付加価値

「でも、本当に消費者は受け入れるの?」
そんな疑問に答えるため、長野Uスタジアムでのホームゲーム時に実施したコンジョイント分析
31名のサポーターを対象とした調査で、スタジアムの刈芝を飼料として使用した畜産物には、確実に付加価値が認められることが科学的に証明されました。

サッカーファンの心理として、愛するスタジアムで育った芝が、美味しい農産物に変わるというストーリーに、特別な価値を感じる人が多いことが明らかになったのです。

サッカーが生んだつながりが、未来を育てる

この活動を振り返ったとき、中心にあったのは「人とのつながり」でした。

サッカー場、動物園、地域の農家、そして消費者—普段は交わることのない人たちが「芝生」という意外な共通点でつながっていく。
まるでサッカーのパスが次々と人に渡っていくように、想いと行動が連鎖していきました。

この「連携のリレー」が、地域を豊かにし、そして地球にやさしい未来をつくっていく。

大学院を修了した津旨さんと金子さんは、今後もこの挑戦を続けると語ります。
サッカーと農学、その意外な融合が、多くの人を巻き込みながら、100 年後の地球を見据えた取り組みへと進化しようとしているのです。

数字で見る成果

環境効果:

  • 廃棄物削減:年間約 190 トン(刈芝30トン+糞尿 160 トン)
  • 温室効果ガス削減:CO₂換算で約18トン/年
  • 化学肥料使用量削減:地域農家での導入推進

経済効果:

  • 廃棄物処理費削減:年間約 500 万円
  • 付加価値付き農産物の創出
  • 地域内経済循環の強化

社会効果:

  • 約 800 万人のJリーグファンへの環境意識啓発の可能性
  • 異業種間連携のモデルケース創出
  • 持続可能な地域コミュニティづくり

最後に:あなたの「好き」が、未来を変えるかもしれない

「好きなこと」と「専門性」が交わるとき、そこには想像以上の力が生まれます。

この「農学×サッカー」の取り組みは、まさにその象徴。
廃棄物とされていた芝生が、地域資源としてよみがえり、人や街、そして自然と調和しながら循環していく姿は、私たちにひとつの問いを投げかけます。

「あなたの『好き』は、どんな未来につながるだろう?」

もし今、何かに情熱を感じているなら、それはただの趣味ではなく、社会を変えるきっかけかもしれません。
津旨さん、金子さん、そして広瀬さん、山﨑さんが証明したように、小さな気づきが大きな変化を生み出すのです。

未来は、意外なところから始まるのです。
芝生の上でボールを蹴る、その一歩からでも。
そして、その一歩が、やがて地球全体を変える大きな輪になっていくのかもしれません。


このプロジェクトは、東京大学 One Earth Guardians 育成プログラムの支援のもと、一般社団法人長野市開発公社、株式会社ワークライフスポーツとの協力により実現されました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました