「病院に行くべきか、スマホに聞く時代が来た」
そんな未来の話が、現実のものになろうとしています。
のどが痛い、熱がある、何となく体調が悪い。
そんなとき、スマートフォンに向かって「これは何の病気?」と尋ねれば、AIが数秒で診断候補を返してくれる──。
そんな光景は、もはやSFではなくなってきました。
では、私たちが今、AIに診断を任せてもいいほどの実力を、AIは本当に持っているのでしょうか?
この疑問に、世界でも初めてとも言える規模で答えようとした研究があります。
それが、大阪公立大学などの研究チームが行った「生成AIと医師の診断能力を比較したシステマティックレビューとメタアナリシス」です。
この記事では、その研究が明らかにした、AIと医師の”診断力バトル”の全貌をご紹介していきます。
AI vs 医師、診断力の対決がついに本格化
研究チームは、2018年から 2024年までに発表された 18,000本以上の医学論文から、診断に関する83本の論文を厳選。
中でも、GPT-4 や PaLM、Claude といった生成AIが実際に医療診断タスクに使われたケースを詳細に分析しました。
この調査は、例えるなら「AIと医師が同じテストを受けて、どちらが高得点を出すか」を比べたようなもの。
しかもそのテストは、単なる模擬問題ではなく、現実の患者情報や臨床データに基づいた”本番環境”に近いものばかりでした。
結果として、AIの平均的な診断精度は 52.1%。つまり、2つに1つは正しく診断できていたということになります
。これだけを聞くと「あれ、思ったより低いかも?」と感じる方もいるかもしれません。
ですが、ここからが興味深いポイントです。
非専門医とは互角、専門医にはまだ及ばず
研究は、AIの診断力を医師の中でも「専門医」と「非専門医」に分けて比較しました。
すると、AIは非専門医、つまり研修医や一般医とほぼ同じ精度を記録。
統計的に見ても、非専門医の方が 0.6% 高いという結果ですが、この差は非常に小さく、事実上「互角」と言える水準でした。
一方、専門医──長年の経験と知識を持つ医師たちと比べると、AIの診断精度は 15.8% 劣っていました。
ここには明確な差があり「AIが名医レベルに達するには、まだ壁がある」という現実が浮き彫りになりました。
しかし、見方を変えれば、AIが「経験の浅い医師と同等に診断できる」まで来ているというのは、非常に大きな進歩です。
つまり、AIは今や”デジタル研修医”として、医療現場に立てる段階にまで進化しているのです。
分野によって得手・不得手があるAIの特性
この研究では、AIがどの診療科目で得意・不得手を示すかも調査されています。
中でも注目されたのは皮膚科と泌尿器科でした。
これらの分野では有意な差が観察されました。
皮膚科においては、AIは画像から皮膚の病変を判断する精度が高く、診断力が人間の医師と遜色ない、あるいはそれ以上と評価される場面もありました。
これは、AIが得意とする「画像認識」や「パターン認識」が、皮膚科の診療スタイルと相性が良いからだと考えられます。
泌尿器科での結果も注目すべきものでしたが、これは大規模な単一研究に依存した可能性があり、一般化するには今後の追加検証が必要とされています。
このように、AIには分野による向き不向きが存在します。
視覚的な情報を扱う分野では力を発揮しやすく、逆に複雑な病歴や会話から情報を読み取る必要のある診療では、まだ人間の医師に軍配が上がるようです。
AIは教育現場で”理想の先生”になるかもしれない
今回の研究でもうひとつ注目すべきは、AIが医療教育の分野で果たす役割です。
診断精度が非専門医と同等ということは、逆に言えば、研修医や医学生にとってAIは「実力の近いライバル」であり「的確な指導者」になり得るということ。
例えば、AIと一緒に症例を解いて、間違えた部分をAIがフィードバックしてくれる。
そんな学習環境は、まるで優秀な家庭教師が毎日そばにいるようなものです。
AIを通して多様な症例に触れ、より多角的な視点を持てるようになる。
これは、従来の教科書学習だけでは得られなかった新しい学びのスタイルです。
さらに、今後AIが進化し続ければ、医師自身が診断の際にAIを”相談相手”として活用する時代が訪れるかもしれません。
実際、一部の生成AIは、専門医との差も徐々に縮まりつつあり、今後の伸びしろに大きな期待がかかっています。
人とAIが手を取り合う、そんな未来がもう始まっている
AIはまだ、万能の診断ツールではありません。
ですが、診断の精度が非専門医レベルに達した今、それを「使う側の人間」の意識が変わる時期にきています。
重要なのは「AIが人間を超えるかどうか」ではなく「人とAIがどう協力するか」。
AIの弱点を理解し、長所を活かす。人間の経験と直感を、AIの情報処理能力で補完する。
そんな「チーム医療」の考え方が、今後の医療を形づくっていくことでしょう。
AIは決して感情を持たず、患者の不安や背景まではくみ取れません。
だからこそ、人間の医師にしかできない役割もまた、これからますます重要になります。
医療とは、診断の正解を導くだけでなく、患者の心に寄り添う営みでもあるのです。
最後に──未来の診察室には、AIとあなたがいる
この記事を読み終えた今、あなたはAI医療の未来をどう感じたでしょうか?
スマホの向こうにいるAIが、診断を手伝ってくれる時代は、もう始まっています。
でもその先には、いつも「人」がいます。
医師がAIを信頼し、AIが医師を支える。
そして、患者がそのどちらにも安心を感じる。
そんな三者がつくる診療室は、今よりももっとあたたかく、もっと精度の高い医療の場になっているかもしれません。
「AIは名医になれるか?」
その答えはきっと「名医と一緒に診察する相棒になれる」です。
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