子どもでもできるゲームなのに、最先端AIがつまずく理由
「えっ、AIがポケモンをクリアできないの?」
そう聞くと、ちょっと不思議に思うかもしれません。
ポケモンといえば、子どもでも楽しめるゲームの代表格。
戦略やタイプ相性を覚えれば、誰でもある程度の成果が出せる――そんな印象を持っている方が多いのではないでしょうか。
それなのに、最新の大規模言語モデル(LLM)の一つ、Anthropic社の「Claude」が、ポケモンのような比較的シンプルなゲームを、完全にクリアできていないというのです。
これは、単なる「ゲームの話」ではありません。
AIの限界と未来、人間らしさとの距離について、私たちに大切なヒントを与えてくれる話でもあります。
Claude とは何者か? ChatGPT のライバル、登場
Claude は、AI業界で急成長を見せている Anthropic 社が開発した、ChatGPT のライバルとも言える高度な言語モデルです。
その特徴は「安全性」と「倫理性」を重視した設計思想。
まるで「賢くて、慎重な相談役」のようなAIなのです。
一見すると、ポケモンのような RPG ゲームも楽々こなせそうに思えます。戦略的な選択、文章でのやり取り、ロジック──すべて、言語モデルが得意とする領域のはずですから。
ですが、実際のところは違いました。
なぜ Claude はポケモンをクリアできないのか?
Anthropic の研究者たちは、Claude に『ポケモン赤』のようなゲームをプレイさせてみました。
もちろん、実際にコントローラーを握らせたわけではなく、テキストベースのやりとりでゲームを進める形式です。
Claude は、画面上に表示される情報を読み取り、それに対して「何をするか」を文章で指示していく形でプレイします。
最新の「Claude 3.7 Sonnet」モデルでは、以前のモデルが苦戦していた場所を突破し、複数のジムバッジを獲得するという進歩を見せています。
しかし結果は――残念ながら、ゲーム全体をクリアするには至っていないのです。
その理由の一つは、ゲームボーイの低解像度でピクセル化された画面を理解するのが難しいという点にあります。
Claude の開発者によれば「8×8 ピクセルの塊を見て『青い髪の少女だ』と認識する」人間の能力は、AIにとってはまだ難しいものなのです。
また、Claude は2次元の空間を把握するのも苦手で、建物を通り抜けられないことを理解していなかったり、壁にぶつかり続けたりすることもあります。
一方で、バトルなどのテキストベースの部分では比較的良いパフォーマンスを発揮します。
ポケモンのタイプ相性を学習し、それを戦略に活かすことができるのです。
AIの「記憶」の問題
Claude がポケモンをクリアできない大きな理由の一つに「記憶」の問題があります。
Claude には情報を保持できる「コンテキストウィンドウ」の限界があり、長時間のプレイでは以前の経験を要約して記憶しなければなりません。
その過程で、重要な詳細が失われることがあるのです。
さらに厄介なのは、Claude が自身の知識ベースに誤った情報を記録してしまった場合です。
例えば「出口はこの座標にある」と間違った情報を信じ込むと、何時間も同じ場所を探索し続けるという事態に陥ります。
まるで「誤った前提から抜け出せなくなった人間」のように。
AIに「空間認識」はあるのか?
この事例が示しているのは、AIの「知能」の限界ではなく、むしろ人間の認知能力の特殊性です。
人間は、ゲームをプレイするときに空間認識や視覚的パターン認識を自然に行います。
低解像度の画像からでも意味を読み取り、2Dマップを簡単に把握できるのです。
Claude はそれが苦手です。
テキスト処理は得意でも、視覚的な情報の解釈や空間把握においては、まだ人間に及ばないからです。
ここに、AI開発のジレンマがあります。
テキスト理解は高度でも、人間にとって当たり前の認知能力を再現するのは難しいという現実。
それでも、AIはポケモンをプレイし続ける
面白いことに、Claude はポケモンに何度も挑戦する中で、徐々に学習し、プレイスタイルを少しずつ変えていきます。
最新のモデルでは「自分の前提を疑い、新しい戦略を試し、長期的に何が効果的かを追跡する」能力が向上しています。
Anthropic の開発者も、こうした「学習プロセス」こそが、AIの進化にとって重要だと考えているようです。
「できないこと」と「ある程度できること」の間には大きな違いがあり「ある程度できる」ようになったことは、将来「非常に上手くできる」ようになる前兆だと彼らは見ています。
最後に:ポケモンが教えてくれる、AIの未来
「AIがポケモンをクリアできていない」という事実は、一見すると小さな話かもしれません。
でもその背後には、人間の認知能力とAIの違い、そしてこれから私たちがAIとどう付き合っていくべきか、という大きな問いが隠れています。
開発者によれば、画面の完璧な理解ができれば、将来のモデルはゲームをクリアできる可能性があるといいます。
また、より長い「記憶」を持つことで、一貫した戦略を維持できるようになるでしょう。
AIにとって、まだ乗り越えられない壁があります。
しかしそれは単なる壁ではなく、人間の認知能力の特殊性を教えてくれる貴重な研究対象でもあるのです。
そして、AIがポケモンをクリアする日が来たとき――それは、AIが人間の認知能力の一端を獲得した瞬間かもしれません。
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