「この薬、実は別の病気にも効くかもしれない」
そんな一言が、誰かの人生を変えることがあります。
でも、医療の世界では「たまたま見つかった偶然」は奇跡とされるほどまれで、貴重な発見です。
実際に、今私たちが使っている薬の中にも、もともと別の病気のために開発されたものが少なくありません。
たとえば、有名なバイアグラも元々は心臓病の治療薬として研究されていたものでした。
では、そんな”偶然の産物”を、科学的に、そしてスピーディーに見つけ出すことはできないのでしょうか?
今、その答えにAIが挑んでいます。
AIが挑む「薬の再発見」
薬の開発には、通常10年〜15年、そして数千億円ものコストがかかるといわれています。
新しい薬を一から作るのは、まるで地図のない森で宝探しをするようなもの。
しかし「すでにある薬を、別の病気にも使えないか?」という発想、つまり薬の再活用(ドラッグ・リポジショニング)なら、リスクもコストも大幅に減らせるのです。
この分野で、AIが大きな役割を果たし始めています。
研究者たちがAIに膨大な医学データを学ばせて「この薬は、あの病気にも効くかもしれない」というパターンを見つけさせるというアプローチが進められています。
それはまるで、数千ピースのジグソーパズルの中から、形も色も似ていないのに「ぴったりはまる」意外なピースを見つけ出すようなもの。
AIが救った命——Joseph Coates の物語
AIが生み出した「予想外のつながり」が実際に命を救った例があります。
ジョセフ・コーツさん(37歳)は、POEMS 症候群という希少な血液疾患に苦しんでいました。
手足のしびれ、心臓肥大、腎不全に悩まされ、数日ごとに腹部から大量の液体を排出する必要がありました。
病状が悪化し、唯一の治療法である幹細胞移植も受けられないほど衰弱していました。
「私はもう諦めていました。終わりは避けられないと思っていたんです」とコーツさんは語ります。
しかし、彼のガールフレンドはあきらめませんでした。
彼女はフィラデルフィアの医師デビッド・ファイゲンバウム博士にメールで助けを求めました。
翌朝までに、ファイゲンバウム博士は返信をくれました。
彼が提案したのは、これまでコーツさんの疾患には試されたことのない、化学療法、免疫療法、そしてステロイドの斬新な組み合わせでした。
驚くべきことに、この治療法はファイゲンバウム博士自身ではなく、彼のチームが開発したAIモデルが導き出したものでした。
1週間以内に、コーツさんは治療に反応し始めました。
4ヶ月後には、幹細胞移植を受けられるほど健康を取り戻し、現在は寛解状態にあります。
小さなヒントが、大きな突破口に
AIが見つけ出す”予想外のつながり”は他にも数多くあります。
例えば、ある心臓病の薬が、肝臓の線維化を抑える可能性を示したり、ぜんそく治療薬が、自己免疫疾患に効果を示すかもしれないという研究が進められています。
研究者たちは「人間の直感と経験」では見逃してしまうような微細なパターンを、AIが補ってくれると話しています。
「誰かの未来」を変える可能性
薬の再活用が進めば、特効薬のない難病や、開発が進んでいない希少疾患にも、希望の光が差し込むかもしれません。
これは単なる技術の進歩ではありません。
AIが、誰かの”治らないかもしれない”という絶望に、ひと筋の希望を灯しているのです。
コーツさんの例のように、AIが導き出した薬の候補が、すでに患者さんの治療に使われ始めています。
もちろんすべてが成功するわけではありませんが、試みる価値は十分にあるのです。
おわりに:未来は「再発見」から生まれる
私たちは今「新しいものを生み出す力」だけでなく「すでにあるものの可能性を再発見する力」が問われる時代に生きています。
AIは魔法ではありませんが、正しく使えば、人間では見落としてしまうような希望を、見つけてくれるパートナーになってくれるでしょう。
それは、病気に苦しむ誰かにとって「今日より少し明るい明日」をもたらす、小さな奇跡かもしれません。
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