「あの時、電気が止まった──」
そんな未来を避けるために
夏のある日、突然クーラーが止まった。
電気が来ていない。
家族の不安そうな顔。
スマホも繋がらない。
冷蔵庫の中身も心配だ。
――もしそんな未来が本当に来たら、私たちはどうするでしょう?
実は、そんな”不安な未来”を避けるために、今、世界中で注目されている存在があります。
それが「AI(人工知能)」です。
あなたが日常で使っているAIとは少し違って、このAIは「電気の流れ」や「エネルギーのバランス」を見つめ続けています。
まるで、電力という巨大なパズルを静かに、でも確実に解いているのです。
IEA(国際エネルギー機関)が発表した最新の報告書は、そのAIとエネルギーの”新しい関係”について、私たちに静かに問いかけてきます。
AIはエネルギーの”予報士”であり”交通整理員”
もし、空が急に曇って太陽光発電が止まってしまったら?
もし、突然の猛暑でエアコンの電力需要が急増したら?
そんなときに頼りになるのが、AIです。
AIは、気象データや過去の使用パターン、リアルタイムの消費情報をもとに「次に何が起きるか」を先回りして考えてくれます。
まるで、渋滞を未然に防ぐスマートな交通整理員。
そして同時に、天気と相談して最適なタイミングで電力を配る”未来の天気予報士”でもあるのです。
具体的には、変動する再生可能エネルギーの予測を改善し、発電の無駄を減らしたり、送電網の効率を高めたりすることができます。
IEA によれば、AIを活用した送電網の最適管理は、新たな送電線を建設せずに最大 175GW もの送電容量を解放する可能性があるのです。
これが実現すれば、再生可能エネルギーも、もっと無駄なく安定して使えるようになります。
地球にも、私たちの暮らしにも、やさしい未来が待っています。
でも、AIにも「食べ過ぎ」の問題がある
ただし、光があれば影もあるのが技術の常。
AIはエネルギーを管理する役目を担う一方で、実は自分自身も大量の電力を必要とします。
まるで「ダイエットコーチが、実はお菓子をこっそり食べていた」ようなもの。
IEA の報告によれば「典型的なAI重視のデータセンターは10万世帯分の電力を消費し、建設中の最大規模の施設ではその20倍にも達する」とされています。
2024 年現在、データセンターは世界の電力消費の約 1.5%(約 415 テラワット時)を占めており、これは 2017 年以降、年間約 12% のペースで成長し続けています。
アメリカがこの消費の 45% を占め、中国が 25%、ヨーロッパが 15% と続いています。
特にアメリカでは、データセンター容量の半分が5つの地域クラスターに集中しているのです。
さらに IEA は、2030 年までに世界のデータセンターの電力消費が2倍以上の約 945 テラワット時に達すると予測しています。
これは現在の日本の総電力消費量をわずかに上回る規模です。
IEA はこの点を重要な課題として取り上げ「効率化の名のもとに、別の非効率を生んでいないか?」という本質的な問いを投げかけています。
AIエネルギー需要を満たすための多様な選択肢
このAIブームを支えるには、多様なエネルギーポートフォリオが必要です。
IEA によれば、再生可能エネルギーと天然ガスが主導的役割を果たすことになりますが、小型モジュール原子炉(SMR)や先進的な地熱技術といった新興技術も重要な役割を担います。
2035 年までのデータセンター需要増加の半分は、蓄電システムとグリッドインフラに支えられた再生可能エネルギーによって満たされると予測されています。
天然ガスも特にアメリカでは不可欠であり、基本ケースでは 2035 年までにデータセンターのニーズを満たすために 175 テラワット時拡大するとされています。
しかし、単に発電を増やすだけでは不十分です。
IEA は、特にグリッド投資を含むインフラ整備の重要性を強調しています。
既存の送電網はすでに負荷が高く、変圧器などの重要な部品の複雑な接続キューと長いリードタイムにより、世界的に計画されているデータセンタープロジェクトの約 20% が遅延する可能性があるのです。
AIが開く多様なエネルギー革新の可能性
AIがエネルギーを大量に消費する一方で、エネルギー部門自体を革新する大きな可能性も秘めています。
IEA はその具体的な応用例を以下のように示しています:
- エネルギー供給:
石油・ガス業界は初期の採用者として、探査、生産、メンテナンス、安全性の最適化などにAIを活用し、メタン排出量も削減しています。 - 電力セクター:
変動する再生可能エネルギーの予測を改善し、無駄を減らします。
また、送電網のバランス調整、故障検出(停電時間を 30-50% 短縮)を強化し、よりスマートな管理によって新たな送電線を建設せずに最大 175GW の送電容量を解放できる可能性があります。 - 最終用途:
産業界では、プロセス最適化のためのAIの広範な採用により、現在のメキシコの総エネルギー消費量に相当するエネルギー節約が可能になります。
交通管理や経路最適化などの運輸応用は、1億 2000 万台の車に相当するエネルギーを節約できる可能性がありますが、自動運転車からのリバウンド効果は監視が必要です。 - イノベーション:
AIは先進的なバッテリー化学、合成燃料の触媒、炭素回収材料などの新しいエネルギー技術の発見と試験を劇的に加速できます。
技術は”誰の手にあるか”で、その意味が変わる
さらに深刻なのは、AI技術へのアクセス格差です。
電力を安定させるAIを動かすには、大量のデータと高度なアルゴリズムが必要。
それを持つのは、多くの場合、少数の大企業や特定の国々に限られているのが現状です。
エネルギーが不安定な地域こそAIの恩恵を必要としているのに、そこに技術が届かない。
そんな「逆転した現実」が、未来に新たな格差や不公平を生んでしまうかもしれません。
AIの導入には、データアクセスと品質の問題、デジタルインフラとスキルの不足(AIの人材はエネルギー部門での集中度が低い)、規制上の障壁、セキュリティ上の懸念など、大きな障壁が存在しています。
サイバーセキュリティは諸刃の剣です。
AIは防御能力を高める一方で、攻撃者にも高度なツールを提供します。
公益事業へのサイバー攻撃は過去4年間で3倍に増加しています。
未来は”便利さ”ではなく”選び方”でつくられる
IEA のレポートが最も伝えたかったのは「AIが未来を決めるわけではない」ということ。
IEA の事務局長ファティ・ビロル氏は「AIはツールであり、潜在的には信じられないほど強力なツールですが、それをどう使うかは私たち――社会、政府、企業――次第です」と述べています。
AIはあくまで”道具”。
その道具をどう使うか、どんなルールで動かすか、それを決めるのは私たち人間です。
たとえば、再生可能エネルギーを中心に据えた社会を本気で目指すなら、そのために必要なAIの使い方やインフラ整備を”選び取る”ことが求められます。
技術部門、エネルギー産業、政策立案者間のより深い対話と協力が最も重要です。
送電網統合の課題に対処するには、よりスマートなデータセンターの立地選定、運用の柔軟性の模索、許認可の合理化が必要です。
未来は、誰かが用意してくれるものではなく「私たちが毎日の選択でつくっていくもの」なのです。
最後に──技術よりも、”人間らしさ”が未来を照らす
エネルギー危機、気候変動、テクノロジーの暴走。
どれも、簡単な話ではありません。
でも、IEA の報告書が静かに語るメッセージは、こうです。
「技術は、目的地ではない。それをどう使うかが、私たちの未来を決める」
AIによる最適化を通じて、データセンターが生成する排出量を超える大幅な排出削減の機会がありますが、これらの利益は保証されておらず、リバウンド効果によって相殺される可能性もあります。
AIが灯す光は、まだ小さく、ゆらゆらと揺れています。
でも、それをどう育て、どこに向けるかは、今この記事を読んでいるあなたの選択にかかっています。
IEA はこれからも「政策立案者やその他の関係者が、エネルギー部門がAIの未来を形作り、AIがエネルギーの未来を形作る中で、前途を切り開くのを助けるためのデータ、分析、対話の場を提供し続ける」と約束しています。
今日の暮らしの中で「ちょっとだけ未来を考えてみる」。
それが、より良いエネルギー社会への第一歩になるのかもしれません。
参考:IEA: The opportunities and challenges of AI for global energy
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