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“ねぇ、こっち来て”――Google のAIが解き明かすイルカの秘密の言語コード

AI

その日、イルカが「話しかけてきた」ように感じた

ある日の午後、静かな水族館のプールサイドで、小さな女の子がイルカのジャンプを見上げながら、ふと口にした言葉がありました。
「ママ、今のって”楽しい”って言ったのかな?」

そのひとことに、大人たちは思わず笑みを浮かべましたが、どこかで心が動かされるのを感じたのではないでしょうか。
もし本当に、イルカたちが何かを「言って」いて、それを私たちが理解できるとしたら。
そんな空想のような問いに、今、最先端のAIが正面から挑もうとしています。

それが、Google が取り組む「DolphinGemma(ドルフィンジェンマ)」という名のプロジェクトです。

イルカの「ことば」は、海の中で交わされる交響曲

私たち人間が言葉を使って感情や情報をやり取りするように、イルカたちもまた、音を使って仲間と深くコミュニケーションを交わしています。
その音は単なる鳴き声ではなく、高周波のホイッスルのような音や、連続的なクリック音など、複雑なバリエーションを持ちます。
これらは、まるで鳥のさえずりとモールス信号が融合したような、繊細かつ意味を帯びた”音の言語”です。

さらに驚くべきことに、イルカたちはそれぞれに特有の「サイン名」と呼ばれる音を持ち、それを使って自分自身や他の個体を識別しているといわれています。
これは、まるで名前で呼び合う人間のような仕組みです。
名前を持ち、呼びかけ、反応する。
私たちの想像以上に、イルカたちは”ことば”を持ち、交わし合っているのかもしれません。

AIが”通訳”になる時代──DolphinGemma の挑戦

こうしたイルカの音声言語を「翻訳」しようとしているのが、Google のAIモデル「DolphinGemma」です。
このモデルは、イルカの鳴き声と、その直後に取った行動や表情、周囲とのやりとりを組み合わせ、意味を解析していきます。

たとえば、ある特定の音の直後に仲間へ近づく行動が観察されれば、それは「呼びかけ」かもしれない。
あるいは、特定の音のあとに急旋回や逃避行動が見られれば「警戒」や「危険」のサインなのかもしれません。
そうした仮説を膨大なデータの中からAIが導き出し、少しずつ「ことばの辞書」を作っていく。
それはまるで、未知の言語をゼロから学び、構文や文法、ニュアンスを解き明かしていく言語学者のような作業です。

この取り組みは、ただイルカの言葉を「解読」するという技術的な話ではなく、異なる種の”声”に耳を傾け、意味をつかもうとする、極めて人間的で、同時に哲学的な挑戦でもあります。

なぜ今、イルカなのか──その背景にある知性と絆

そもそも、なぜ Google はイルカに注目したのでしょうか?
その答えは明快です。
イルカは、地球上の生物の中でも極めて高度な知性と社会性を持つ存在です。
鏡に映った自分を認識し、仲間と協力して狩りをし、遊びを通じて関係性を深める。
言葉を持たない私たちの目にも、彼らの行動には確かな”意味”があるように映ります。

霊長類以外の動物の中で、これほどまでにコミュニケーション能力に優れた存在はそう多くありません。
だからこそ、彼らは「人間以外の知性」として最も対話の可能性が高いと見なされているのです。
そして、AI技術がここまで進化した今こそ、その対話に本気で踏み出せる”その時”なのです。

「聴くこと」で始まる、新しい未来のかたち

DolphinGemma は、Wild Dolphin Project(WDP)が 1985 年から継続している世界最長のイルカの水中研究と、ジョージア工科大学の技術者たちの協力により実現しました。
このAIモデルは、イルカの自然な音声シーケンスから繰り返しパターンと構造を学習し、次に続く可能性の高い音を予測することができます。

例えば、WDP の研究から以下のような文脈特有の音が理解されています:

  • 「署名ホイッスル」:名前のような固有識別子で、母親と子イルカの再会などに重要
  • 「バースト・パルスのスコーク」:衝突や攻撃的な遭遇に関連
  • 「クリックバズ」:求愛活動やサメを追いかける際によく検出される

これらの分析を通じて、イルカたちのコミュニケーションに隠された構造や潜在的な意味、言語形式を示す可能性のある文法的ルールとパターンを解明することを目指しています。

CHAT システムと双方向のコミュニケーション

DolphinGemma が自然なコミュニケーションの理解に焦点を当てる一方で、WDP とジョージア工科大学は「CHAT」(Cetacean Hearing Augmentation Telemetry)システムも開発しています。
これは複雑なイルカの言語を直接翻訳するのではなく、より単純な共有語彙を確立することを目指しています。

このシステムは Google Pixel スマートフォンを活用し、海洋環境で高品質の音声データをリアルタイムで処理しています。
次世代 CHAT システムは2025年夏に Pixel 9 を使用する予定で、スピーカーとマイク機能を統合し、ディープラーニングモデルとテンプレートマッチングアルゴリズムを同時に実行して性能を向上させるとのことです。

まとめ:その声は、きっと「こんにちは」だった

DolphinGemma は、まだ実験段階にある技術です。
ですが、その先に描かれる未来には、科学的な興奮だけでなく、どこか温かな希望があります。

Google は 2025 年夏には DolphinGemma をオープンモデルとしてリリースする予定です。
これにより、世界中の研究者たちが独自の音響データセットを分析できる強力なツールを提供し、これらの知的な海洋哺乳類を理解するための集団的な取り組みを加速させることを目指しています。

いつか、海の向こうから聞こえるイルカの声に「こんにちは」と返事ができる日が来るかもしれない。
あるいは「また来てね」と彼らが伝えてくれるようになるかもしれない。

そんな未来を、空想だと笑っていた時代は、もう終わりに近づいています。
私たちが耳をすませ、声に気づき、意味を見出そうとしたその瞬間から「対話」はもう始まっているのです。

参考:DolphinGemma: Google AI model understands dolphin chatter

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